サボテン

それでも、と

僕の前に座ったドォルは続ける。



私を『女』にしたのは貴方ですよ?と苦笑めいた表情を浮かべて。

このドォルは、いつの間にこんな表情をするようになったのだろう。

僕が拾った時には、少女のような笑みか無表情でしかいなかったというのに。



ドォルは、僕の脳内まで見透かすのではないかと思うほど

真っ直ぐに僕だけを見詰めて



覚えた言葉を確かめるように、

保存しておいたメモリから引き出すように、

僕の心に刻みつけるように、

周波数を下げた音で言霊を紡ぐ。





――初めは、

  共寝する夜の間だけ私の方を見てくれていればそれだけで嬉しかったんです。



ねえ?それだけで済んでいたら、あの日からも私の日常は変わらずにいられたのに。





貴方が私に嘘を吐く度に、私のゼンマイは狂々と回ってしまったから

貴方が私に嘘を吐くのを止めたあの日、

私は『心』を手に入れてしまいました。



貴方が、あの人を想う度に私のゼンマイはキリキリと軋み

貴方が、あの人と居る事を思う度にキリキリと軋み

ゼンマイがすり減ってしまうのではないかと

『寿命』を持たない私が、自身の『命』を心配してしまうほどに。



逢いに来てくれていた貴方を思い出して

逢いに来てくれない貴方を想い

痛みを別のデータで上書きできないものかと思いながら。





ドォルの言葉は、僕の心を微かに刺す。

あの日、ドォルが気紛れに買ったサボテンの棘のように

ほんの微かな痛みを伴って。



この痛みが

僕がドォルに吐いた嘘の代償の欠片なのだとしたら



残りの量はどれくらいあると云うのだろうか。







ドォルが、命を捧げてまで手に入れた『心』は

その永久に等しい時間を以てしても錆びることは無いから。



僕が消えた後も、

ゼンマイがすり減って動かなくなってしまっても

保存されたデータが僕を覚えていて

僕を想う感情を覚えていて



消えることがないのだと識ってしまった僕は



ドォルを愛おしく思う自分に気付き

あぁ、樹海の泥沼に今

足を踏み入れるように



ドォルを再び抱き締めるために腕を伸ばす。